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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第3節 gossip [14]




 だが詩織は、美鶴の言葉に肩を竦めて両手を叩く。
「やだ、ホント。すごぉいっ!」
「ふっ ふざけないでよねぇ!」
 バンッと机を叩き、怒鳴りあげる。
「知ってるくせに。これは何? 何でウチにこんなお金があるのよ?」
「そんな事私に言われてもぉ〜」
 ブチブチブチッ!
「ぶざけないでって言ってるでしょ!」
「そんな大声出したら近所迷惑じゃない。まったく」
「出させてるのはアンタでしょうっ! だいたい、お母さんがそんなふうに不真面目だから、私の生活が滅茶苦茶になっちゃうのよっ!」
「滅茶苦茶って何よ?」
「貧乏で不自由で、こんな自宅謹慎になるような濡れ衣だって、お母さんの社会的信用がないからこうなったのよ」
「何? 私のせいだって言うの?」
「そうでしょう? お母さんがそんなふうにいっつもだらしなく適当に生活してるから、だから私の生活まで適当になっちゃうのよ」
「ちょっと、その言い方はないんじゃない?」
 ビール(まが)いの酒を一口、そのまま胸の前で腕を組む。
「適当って、私はちゃんと毎日働いて、あんたを養ってあげてるわよ」
「そんなのは母親として当然よ。自慢げに言うような事じゃないっ!」
 罪悪なんて感じない。だってそうなのだから。
「十代から水商売やって、無計画に子供産んで、飽きたから男とも別れて、子育てもいい加減」
「いい加減って何よ。だからちゃんと」
「食べ物を与えればそれで子育て成立するとでも思ってるワケ!」
 詩織の言葉を強引に遮る。
「何よ、娘が自宅謹慎食らってるのにその態度。何とかなる? 何がどうなるって言うのよ?」
「何? あんた、謹慎にされてヘコんでるの?」
 その言い草に、カッと血が上る。
「違うわよっ!」
 そうだ、違う。自宅謹慎にされたのなんて、美鶴は別にどうとも思っていない。どうせ唐渓の連中には、自分の言い分なんて聞いてもらえないのだ。気にしたってしょうがない。
 本当に? 本当にそう思ってる?
「うるさいっ!」
 右足で床を叩き、拳を握り締めて一歩前へ。
「ヘコんでなんかない。ただ、アンタのその態度がムカつくって言ってるのよっ! アンタ、母親でしょ。娘が謹慎にされてるのに、よく平気でいられるわね?」
「私が落ち込んで、悩んで、それで解決するワケ?」
「その態度が気に入らないのよっ!」
「何をさっきから怒鳴ってるのよ。近所に迷惑よ」
 缶の中身を飲み干し、怒れる美鶴の横を素通りしてキッチンへ捨てに行く。
「ここでギャーギャー言っても仕方ないでしょ。私が学校に出向いても、あなたの誤解が解けるとも思えないし」
 手を洗う詩織の背中に向かって、美鶴が低く声を出した。
「お父さんだったら、解けたかも」
 クルリと振り返る詩織。続ける美鶴。
「そもそも、お母さんがこんな水商売なんてしていなければ、学校ももっと私やお母さんの言い分を聞いてくれるはず。違う?」
 少し考え、詩織はあっさり笑った。
「違わないかも」
 自分がどれほど酷く言われているのか、この本人はわかっているのだろうか? 笑う相手の顔にはもはや呆れてしまう。
 美鶴は一度しっかりと口を閉じ、怒りの殺がれた気分を引き締め、改めて口を開いた。
「お父さんって、どんな人」
「どんな人って?」
「少なくとも、お母さんみたいないい加減な人じゃないわよね」
「どうかしら」
「そうに決まってる。だいたい、お母さん以上にいい加減な人間なんて、いるワケないもの」







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